昭和大学病院への入院中の知らない間に 希望していない薬を投薬され寝たきりとなった。  病院側は対応に問題は無かったと言う。 そこで、病院側の対応を記載し公で問いたい。  かつこの様な理不尽な対応が許される 医療業界の問題を考えるきっかけのにしたいと思いまとめた。

  (作成中)
私が寝たきりとなった原因を探る時、10月1日-3日の「外泊」を考えない訳にはいきません。
外泊中に 処方を知らないリーマスの服用により 記憶が途切れる軽い意識障害が生じ
その後も服用を続け 強い意識障害から再入院しています。
意識が戻った時、既に小脳がダメージを受けていて、運動機能が損なわれていました。

「問診しなった」「誤診」「診断名を伝えなかった」「伝えずリーマスを飲ませた」
等、幾つも問題行為が重なっていますが、入院中であれば早い時期にリーマスの服用を
止めていたでしょう。

この「外泊」がなければ今回の被害はなかったとも言えます。

それで、この「外泊」は何の目的だったのか、必要があったのか、との疑問が生じます。
ここでは、外泊前後の出来事、病院側の「外泊」への説明から 私の見解を述べます。

このページの目次
外泊前後の出来事
・病院とのやり取り
 ・2015年8月3日 最初の質問
   (私)  外泊の前に、何故回復の治療をしなかったのでしょうか?
 ・2015年9月9日 最初の回答
   (病院)  転院に繋げるための試験的な外泊を手配していました。
 ・2015年12月8日 4回目の質問
   (私)  自宅での這う生活を、推定しなかったのでしょうか?
 ・2016年2月1日 4回目の回答
   (病院)  外泊は 様々な事を評価するため。前原様ご本人、奥様と相談して進めてまいりました。
 ・2016年3月23日 5回目の質問
   (私)  自宅での這う生活で評価出来ますか? 一方的な通告で病院を出た、相談はありません。
 ・2016年5月2日 5回目の回答
   (病院)  これ以上の対応はできかねます。と以後の回答を拒否した。


・外泊前後の出来事

2012年9月7日に心臓病の治療のため入院
一定の回復が見られたからか、9月27日に 当時担当だった循環器内科の古山医師に
「退院か外泊をするように」と言われ 先々どうするか決まらないまま、10月1日に病院を出ました。
(「退院か外泊か」、又、外泊の期間も決めず病院を出した理由は後で解説します。)
しかし、入院中から知らない間に飲まされていた、向精神薬「リーマス」を自宅でも
飲み続け、翌2日に記憶が途切れる軽い意識障害が生じます。
  (実は、私は自覚出来ていませんでしたが 10月1日の時点で私の言動に
   おかしい点があったので家内は、この状態で自宅に帰って大丈夫かと
   何度か看護師に不安を伝えたと後で聞きました。その時既に兆候は出ていた様です。)
それでも更にそれを飲み続けて 翌3日には強い意識障害を起こします。
この事に強い不安を感じ、家内と相談して幾つかの候補の中から
昭和大学病院を選択し、急遽再入院しました。
病院に入った時には、既に意思の疎通が取れない状態でした。

これが事実なのですが、この事は病院側に都合が悪いらしく、
「予定通りに外泊から戻った」 そして 「帰院した3日夕方よりせん妄状態となった」 としています。
これは、カルテの画像 診療情報提供書寝たきりになるまでの経過 等で確認出来ます。
病院側の説明する外泊前後の出来事は虚偽なので 書類間等、様々な所でほころびを露呈しています。
カルテの食い違いは、 カルテの改ざん のページで説明しています。参照下さい。

「外泊」について病院側とのやり取りは、下の各日付の青文字をクリニックして見れますが
ここでは、要点を書いています。

 。2015年8月3日 最初の質問
9月末、古山医師から唐突に「退院か外泊をするように」と言われ、
歩けない私には、帰宅後の生活が不安でした。
何故回復の治療をしなかったのでしょうか?
  この質問に対し、病院側は 次の様に回答しています。

 。2015年9月9日 最初の回答
9月末時点では循環器内科疾患は安定状況で、急性期病院(当院)
からは退院(転院)いただける状況で、精神科に関する点と
リハビリの点の課題が残っていたため、次の両方を診ることのできる
医療機関への転院に繋げるための試験的な外泊を手配していました。
  と私の質問には答えず「転院に繋げるための試験的な外泊」と回答しています。
  病院を出る時「転院」の話はありませんでした。
  あったなら、転院先となる病院について等意見交換をしたでしょう。
  翌年、M病院に転院するふた月ほど前から前にそうしたように。

  この回答は、私の質問に答えないばかりか、外泊を求めた時の状況に触れていません。
  何より、自宅での這う生活が過酷である事への言及がありません。
  そこで、そのことを指摘し質問します。

 。2015年12月8日 4回目の質問
この説明はおかしいです。
 ・指示が突然で、精神的にも、家庭の環境的にも受け入れる準備が出来なかった。
 ・将来の見通し、家庭での過ごし方の説明等のフオローがなかった。
これ等大事なポイントに触れてないでは説明にはなりません。

自宅での這う生活は、将来も見えず心身ともに過酷なものでした。
私に悪影響が起こることは、推定するものだと思います。
推定しながら病院を出したのですか? 又は、推定しなかったのでしょうか?
  これに対し、病院側の回答は長いので、3個のブロックに分けます。

 。2016年2月1日 4回目の回答
   4-A) 自立歩行と目的の説明
一定ADLは自立(トイレまで行等)してきており、残す精神疾患 およびリハビリに関し
転院していくにあたり下記の目的で「試験」外泊を施行しました。

 心疾患に対して、転院先および自宅内においてもコントロールが可能かを評価するため。
 歩行の困難が筋力の低下か、精神的なものに関するものかを評価するため。
 入院の抑圧された生活に対して、精神疲労している可能性も考えられ
  自宅に帰ることで、精神状態が改善するかを評価するため。
   4-B) 状況を変えるために必要  
試験外泊は前原様の当時の状況を変えるために必要なことでした。
試験の結果は、改善に至るものにならなかったのは我々としても残念に思います。
   4-C) 相談して進めた
将来的に転院先からも退院することを目標に進めていくことを説明した。
また、9月27日から前原様ご本人、奥様と相談して進めてまいりました。
   この通り、当時の状況、自宅での過酷な生活等、私の質問に一切答えていません。
   今回は、病院側が言及を避ける「自宅での這う過酷な生活」を持って反論しました。

 。2016年3月23日 5回目の質問
  4-A) の一定ADLは自立(トイレまで行等)を「外泊」の根拠にしていることに対して
ふらつくので病院では手摺に捕まって移動した所、車椅子を使うように言われそうしました。
手摺がなく、バリアフリーでもない部屋の中で歩けないことは、容易に分かります。
自宅で這って移動せざるを得ない状況は、心身ともに過酷で辛い生活でした。
  自宅で自立歩行が出来ない事は事前に予想出来るし、実際に歩けなかった。
  日常生活での自立歩行は可能で 「外泊」 出来るとした事を否定した。

  4-A)  ↓◆↓ の評価が目的との説明に対して
這って移動せざる得ない心身ともに過酷な生活で、
 ・心疾患に対してコントロールが可能かを評価するものか?
 ・歩行の困難の原因評価が出来るのか?
 ・精神状態が改善するかを評価するのか? と全て否定。

   4-B) 「外泊は当時の状況を変えるために必要で、改善に至らなかったのは残念」の主張に対して
あの過酷な環境下では常識的に悪化すると誰でも考える所を、
改善を期待するとは言葉がありません。驚愕です、反論の虚しさを覚えます。
  と書きましたが、病院側のこの台詞には本当に呆れました。

  4-C) 私と家内に相談して進めたとの説明
  私は当事者なので「相談して進めた」と言うのは虚だと分かっています。
  古山医師からの一方的な通告で病院を出たのであって、相談はありません。
  反証として、第三者でも納得出来るように 多くの根拠を示しました。
相談して進めていない根拠
 ー宅での這う過酷な生活について何も語られていない。
  帰宅後の心配事を聞かれたら、私は、まずはそれを言いたかった。
  それがなされていないのは、 話せる様な状況ではなかったから。
  「帰宅、退院を迫った」通告の様な場であったと見るのが妥当でしょう。

◆〆2鵝外泊の目的を様々説明しているが、それは病院を出す前に伝えるもの。
  そんな当たり前のことが話されていないのは、話合いの実態が無かった証拠

 病院を出てほしいと迫った日(9/27)から、出る(10/1)まで4日では準備も出来ない。
  話し合いに看護師、リハビリ担当も参加していない。
  一度しかそういう場が設けられていない。時間が極めて短い

これ等の事実から、その場は 私が言っているような通告の様な場であったと見るべき。
少なくとも、相談とか話し合いと呼べる場でなかったのは明らか。
  因みに、帰宅後の翌2日家内は働きに出ています。
  病院側は、家内にそう勧めたのか、否、何もアドバイスが無かったから外に出たのです。
  これも、家内と相談とかが無かった証拠になるでしょう。

  そして最後に、病院側が回答を避け続けてる「自宅での這う生活」 への言及を求めました。
歩けず這う生活が過酷なストレスを与えるのは直ぐに分かります。
にもかかわらず自宅に帰した。
それは何故か?自宅生活が過酷であると予想出来なかったのですか?

  それに対し2016年5月2日 病院から5回目の回答 で
うそ偽りなく真摯に返答し、医療行為も適切に実施してまいりました。
しかし、信憑性が疑われ、同様の質問を繰り返されておりますことから、
当院としましてはこれ以上の対応はできかねます。
  と、回答を拒否しています。
  結局 何のための外泊だったのか、納得出来る回答は得られていません。


それでは、何のための外泊だったのでしょうか?
推定するため、明らかになったことを並べます。
私の主張病院側の主張
外泊の指示突然の通告相談して進めた注1
意識障害の発生時期自宅で帰院した3日夕方より注2
再入院急遽予定外予定通りの帰院注3
自宅での生活這う辛い状態言及無し注4
外泊の目的注6転院していくにあたり幾つかの評価をするため 注5
病院側の主張は虚偽なので、事実を探る上では役に立ちませんが、
事実のどの部分を隠したいのか、どう解釈して欲しいかを考える上で参考になります。

注1) 外泊を相談して進めたという事は、当時の状況からあり得ないと根拠を提示 しています。
注2) 意識障害が自宅で発生したのは、 カルテの改ざん のページで解説しています。
注3) 予定通りの帰院か、急遽予定外の再入院かは、注)2 の理解から推定出来ると思います。
    自宅に帰る時、渡された薬は2週間分程だったことより、病院側の短期外泊の主張に矛盾が生じます。
    しかし残念ながら、カルテにはその資料は見当たりません。
    カルテには他にもポイントとなる部分に不足、抜けがあり、やはりと言うべきかなのでしょうか?
注4) 自宅での這う生活の事に、病院側は言及を避けて続けています。
    病院側に都合の悪い事実だからでしょう。 次の「私の理解」で触れます。
注5) 外泊の目的が 病院側の主張「幾つかの評価するため」に対し
    「這って移動せざる得ない過酷な生活」で評価することに疑問を表明しました。
注6) 外泊の目的は何だったのか、次の「私の理解」で書きます。

私の理解
「外泊」の目的と 病院側の考えたストーリー

まず、担当だった古山医師の考えていた「外泊」の目的を 次の様に推定しています。
「一度自宅で生活させ 特に問題がなればそのまま退院とする。」
そう推定する根拠は

  1) 先々どうするか決まらないまま「退院か外泊をするように」と言い病院を出した。
    これは、上の様に「外泊からそのまま退院へ移行」との解釈するのが自然。

  2) 診療情報提供書に書かれた内容

昭和大学病院が転院先の病院に私を紹介した診療情報提供書


      上の画像は、病院が転院先に私を紹介した診療情報提供ですが、
      「10月1日〜3日外泊をし、問題がなけれ退院という段階だったのですが」
      と「退院」という言葉があります。

  3) 病院の用意した、ストーリーの破綻
病院側の主張より、そのあらすじは、

1) 9月27日から本人、家内と相談して進めてた。
2) (自宅では、問題なく過ごした。)
3) 10月3日予定通り帰院、帰院した3日夕方よりせん妄状態となった。
A) 転院に繋げるための試験的な外泊だった。
B) 外泊は、様々な事を評価するため、状況を変えるために必要だった。

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